人形と少年と

 

 目が覚めたとき、彼女は森の中にいた。

 体を起こしてぐっと伸びをすると、体中の間接がきしむのがわかった。何事かと体を見やると、夕焼け色のドレスも、あるじの結んでくれたばら色のりぼんも、なにもかもがくしゃくしゃで、土にまみれていた。

彼女は気を失う直前のことを思い出す。いつものように私をいつくしんでくれていたあるじ、ドレスを着せ替え、りぼんを結び、小さいけれどうつくしい家にいれて、一緒に遊んでくれていた。なのに、あるじの兄上があらわれて、あるじに何かをおっしゃると、あるじの顔は赤く染まって、私をつかんで、私を、私は。宙に。

きゅうう、とお腹の鳴る音がして、彼女は我に返った。こんなことははじめてだ、と驚いて、一拍遅れてその原因を理解する。人形である彼女はもちろん物を食べることなんてできないから、誰かに愛されることが食事だった。ずっとずっと大切にされてきた彼女には、当然、「空腹」という感覚はなかった。

なんだか体は変な感じだし、あるじは悲しんでいたし、ドレスは泥だらけだし、彼女にはもう動く気力がなかった。その気になればもっと家の近くまでいけるのだけれど、あるじが私をほうり投げたのだと思うと、どうしてもここで朽ちてしまいたくなるのだった。


彼女の体を道にする蟻たちにも慣れてきた頃、がさがさ草のこすれる音がして、あるじの兄である少年が顔をのぞかせた。彼女は力を振り絞って、いつもあるじたちの前で浮かべている笑顔をつくる。彼女は特別な人形だったけれど、普通の人形の振りをしていなければ、人間たちはおびえてしまうのだ。

「こんなとこまで飛んでたのか」

少年は呟いて彼女を抱き上げる。大雑把に、でも丁度良い力で土をはらうと、彼女を連れて家へ向かう。普段彼女を扱う様子とは比べ物にならないくらいやさしく運ばれて、体中がむずがゆい。

動くわけにもいかなくて、大人しくしていると、少年の心臓がいつもよりつよくはやく動いているのがわかった。彼女は思わず微笑みたくなる。なんだかんだいって、この方も、あるじのことがたいせつなのだ。仲直りしたくて、でも不安で、こんなにもどきどきしているのだ。

彼はどうせ必死でこっちなんて見てないから、彼女はそっと目を閉じる。彼の思惑が成功して、この鼓動が落ち着くことを願った。

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