幸せの在処

 

 この世に幸せなヤツなんていない。

ずっとそう思ってた。

――アイツに出会うまでは。


アイツは、いつも、笑っている。

誰かが

泣いていても、

落ち込んでいても、

怒っていても。

いつもその誰かの隣で笑っているんだ。


それはつまり、他人の不幸までが

アイツにとっては幸せということで。

正直怖いなって思った。

そんな幸せも、幸せと呼ぶのだろうかと。

他人の不幸までもを自分の幸せにしてしまうアイツを、

恨んでいた。

俺には、できない。

俺の周りではいつも、誰かが悲しんでいるから、

俺は笑えた試しがない。



 そんな意味じゃ、神様は不公平だ。

あんなに幸せなヤツがいるのに、

決して幸せになれないヤツがいる。

幸せくらい、公平に分けてくれたって良いじゃないか。


 だって幸せは、公平に分けても何の不便もないだろう。


世界中に幸せなヤツが溢れて、何が悪い?


――悪いことなど何もない。


ほんの少し前まで、俺はずっとそう思っていた。

だけど、

だけど、俺は見てしまった。

一人でいるときのアイツを。


アイツは、一人で泣いていた。

隠そうともせずに声をあげて。

壁を叩きながら、

自分を傷つけながら、

ただひたすらに、泣いていた。

それは、泣いても何も変わらないと知っていながら、それでも泣いているような、そんな風だった。


 しばらくして、俺の目とアイツの目が交錯した。


「いたのか…。」

そう言って、アイツは静かに近寄ってきた。

「何で。

 どうして俺は人に幸せを分けてあげられないんだろうな。

俺は、こんなにも幸せなはずなのに、幸せと思えないのは、何でだろうな。」

そう呟いた。

呟いて、去っていった。


 残された俺は、その場に立っているしかなかった。

静かに頬を伝っていく涙をぬぐうこともできずに、

ただそこに佇んでいた。



 何が幸せだ。

独りで幸せでいたって何も嬉しくはない。

アイツは、それをわかっていた。

だから、

辛いやつのそばに居て、笑って、

己の幸せを分け与えようとしていたんだ。


誰よりも幸せだと思っていたヤツが、

誰よりも幸せを望んでいた。

 いや、案外

人はみな、幸せなのかもしれない。

誰もが気付いていないだけで、この世にいるすべての人は、幸せなのかもしれない。

誰かと分け合うことで、その幸せは形を成すのかもしれない。

アイツは、その形を作ろうとしていただけなのかもしれない。


 それが、本当なのかどうか、俺には分からないけど、

そう考えたら、自分も幸せなのだと思えてきた。

自分も誰かと幸せを分け合わなければならないと。


明日、

アイツの隣で、

悲しんでるヤツの隣で、

一緒に笑おうと思った。


幸せ≠ニいうものを教えてくれたアイツに、

幸せ≠プレゼントしようと思った。

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