道化師

 

(……どうぞ)

差し出した風船を受け取り、少女は笑う。

これこそが僕の幸せ。道化師は思う。

「ありがとう!ピエロさん!!」

とびっきりの笑顔を彼に向けて、少女は去っていった。

さて……

彼は自分の手を見る。あんなにあった風船は、彼女に渡したもので最後だった。

そろそろお昼にしよう。

彼は歩いて休憩所へと向かった。



ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……

そこでは『ピエロ』という仮面を外したただの汗臭い男たちが肩を並べて昼食を取っていた。

「となり、失礼しますね」

唯一空いていた隅の席に腰かけて、彼は静かに弁当箱を開ける。

黙々と食べていた彼に、隣に座っていた男が話しかけた。

「なぁ…兄さん。俺さ、この仕事、向いてねぇ気がするんだ」

少し首を横にずらして、彼は男の話を聞く。

「見てくれよ、これ」

男はポケットからしぼんだ風船を取り出すと、彼の前においた。

目を少し見開いて、彼は あ、と声を漏らす。

ポケットからはそれはそれはたくさんの風船が出てきた。

どれも膨らませたあとにしぼんだようだ。まるで魂を失くしたかのように小さくなって転がっていた。

彼は赤い風船を一つ手に取り、ゆっくりとながめた。

そして小さな穴を見つけると、男の掌にそっと置いた。

「どうして?」そしてその目を細めてそっと訊ねた。

「なんかさ、むしゃくしゃするんだよな」

男は少し寂しそうに言葉を紡いだ。

「俺たちは、ここで毎日のようにピエロの格好をして風船を配ってるわけじゃない?それに対して小さい子たちは笑顔で返しくれる。それってきっとすごく楽しい事なんだよな」

男は一つ一つ自分から吐き出される言葉を確かめているようだった。

「でもさ、でも俺にとっては違うんだよ。

俺らさ、一応泣いてるわけじゃん?メイクとしては。それなのに平気で風船を奪っていくあいつらがさ、幸せそうなあいつらが憎く見えるんだよ。

気がついたら手が伸びてるんだ。俺の中で風船が弾けて、小さくなるのが何だか楽しくてさ。止まらなくなった。

おかしいよな、俺」

男は必死に言葉を綴った。

本当は目を背けていたい自分の中の事実と向き合って。

男は道化師に救いを求めたのだろうか。

救われないと知って。

自分の心の闇を知ってもらいたかったのだろうか。

「ねぇ、あなた」

彼は今度は男の方をしっかりと向いて言った。

「それをピエロというんじゃないんですか。自分の内に哀しみを抱えながらも人々に笑顔を与える。それぞ、ピエロ」

道化師は男に一つの解を与えた。

「あなたが救われることは無いかもしれない。

でも、それでもいいじゃないですか。

僕たちは、自分のためでなく、子供たちのために生きているのですから」

道化師はそう言うと、自分のポケットから風船を取り出し、揚々と膨らませて、うなだれる男の手にそっと握らせた。

「ね?」

少しおどけるように笑ってみせた道化師は静かに席を立つと、優雅に出口の方へと向かって行く。



「あなたが一番、ピエロに相応しい」



そんな言葉を残して。

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