紫陽花

 

いつかの時の

どこかの場所に

小さな村があった



山の間に密かに出来た

小さな小さな村には一つ

大きな大きな自慢があった



村には毎年 雨が降る頃に

それはたくさんの紫陽花が咲いた

花の数は村の住人よりも遥かに多く

一度花が開けば

村全体が紫陽花に埋もれたような景色だった

藍や紫と大変美しい紫陽花だった



村の人々はこの紫陽花が大好きだった

雨が降るのを楽しみにしていた

紫陽花を見ると不思議と心が癒されるのだった



紫陽花が咲く頃には

決まって人々は祭りを行った

大地の神 太陽の神

雨の神 そして

紫陽花の神を祀り 崇めた

人々は紫陽花による心穏やかな日々を感謝したのだ



山に囲まれた村には

大きな争いがなかった

少ない住人同士皆が家族のように

支えあって生きていたのだった

時に小さな争いが起こっても

雨が降れば全てが解決した

雨とは天の使いで

天の使いは紫陽花の使いと考えていたからだ



そうして人々は紫陽花によって

互いに穏やかな日々を送った



そんな日々が静かに流れ行き

紫陽花の評判は

山を越えてまでも広がり

いつしか村は誰からか

紫陽花の里と呼ばれるようになった



年々里を訪れる者が増えていった

しとしと雨が降る中を

山越え歩いて来るのだ



紫陽花を訪ねて来た者が

紫陽花に魅せられ

新たな村の住人となっていった



いつしか新たな村人は

元の村人の数を越えました

それでも まだまだ

あの紫陽花には敵わなかった



少し人が増え

少し大きくなった里では

前より少し争いごとが増えた

また 少しにぎやかになった里には

小さな変化が現れた

村の土地を大きく

祭りも大きく

人の役割も大きくし

里の人々は働いた



そうした日々が流れていき

いつの間にか里の住人は

紫陽花の数を越えていた

紫陽花の数は増えないのに

住人ばかりが増えるので

里の中では

紫陽花に囲まれて暮らす者と

紫陽花を遠目に眺めて暮らす者とが生まれた



そしてある時

里では大きな争いが起こった



その争いは

雨が降っても終わらず

紫陽花が咲いても終わらなかった

里を霧が覆う頃

祭祀と長の一声で

ようやく争いは終わった



しかし争いは終わってもなお

静かに激しく

住人たちの間にくすぶり続けた



そしてある時

花を遠くに眺めていた住人が

くすぶる想いを消したい一心で

一房の紫陽花を

こっそりと自分の前に植えた



それはいい考えだ と

周りの住人たちも真似をした



こっそり採られた紫陽花は

花は減っても変わりなく

こっそり植わった紫陽花は

何故か年々衰えた

こっそり植えた人々は

これを嘆きながらも

また植え続けた

こっそり盗られた人々は

これ以上花を減らしてなるものか と

面白味のない怒りで一杯だった



里には争いが絶えなくなった

小さなものも大きなものも

そんな里に漂う空気に

いつかの暖かさは消えていた



そうした日々が続く中

紫陽花の噂を聞きつけた

とある国の若き主が里に来た



主に対して大勢の住人が

我先にと話しかけた

紫陽花のこと里のこと自らのこと

虚実交えて喋りかけた



主はそれを聞きもせずに

ただ紫陽花を見て

なるほどこれは見事な花だ と言った



主が山の向こうの宿に帰ると言うと

周りの人々は再び我先にと

主を引き止めた

自分の家へと引いていった

人々に疲れた主は一言

花も不幸に咲いたものだ と言った



里をあげての会議の果てに

結局主は祭祀の家に招かれた

里の真ん中の大きな屋敷

紫陽花がよく見える一室だった



翌日の朝早く

主は屋敷を抜け出して

最後に朝露をためた紫陽花を

悲しげな目で見つめた後に

何か呟き里を逃げ出た



主がいなくなってから

争いは益々増えた



その年の暮れに

ついに里は滅んだ

何者かが里の中心から火を放ったのだ

紫陽花は大地と共に炎に呑まれ

人々の家も燃えた

住人たちは逃げる間も無く

皆悉く燃えていった



炎の煙が空を包み

火の粉が星を砕きそうな夜だった



こうしていつかの紫陽花の

美しく咲いた里は

一夜にして焼けた荒野になったのだ

そこには人も紫陽花も

見る影無くただ広く

焦げた大地があった



その後

大雨により山が崩れ

焦げた地さえも消え失せた



いつかの時の

どこかの場所に

あった村の幻だった

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