クレイジーサボテン・・・六話・・・

 

「会いたかったよお」と泣きながら言うアズ。途端に奈月の瞳からも透明な雫が落ちていった。まさかこんなことを言われるなんて夢にも思っていなかったから。全てを愛すような笑顔と全てに幸せをもたらすような涙を、よりにもよって奈月に見せたりは絶対にしないと確信していたから。そのせいか、奈月が背負ってきた重荷はどうもすぐに軽くなったりはしなかった。

「・・・会いたかった・・・?」

ようやく出た言葉だった。

そんな言葉に頷くようにアズは座っていた揺り椅子をゆらりと揺らす。

「会いたかったよ。本当に、本当に・・・」

涙を拭いてニッコリと笑ってみせるアズ。どうしても理解できない奈月。

「何で?だって、私のせいで・・・アズが・・・目が」

今にも掠れそうな声。

昨日のことのように鮮明に蘇る悲鳴。

「私はそんなこと思ってない。奈月ちゃんのせいじゃないんだよ」

昨日のことのように鮮明に蘇る罵声。

「違う!嘘だあ!」

片方の耳を不意に押さえる。腹痛と耳鳴り。あの時負った自分の傷。

「そんなに何で優しくできるのよお?何で責めてくれないの?

私の、奈月のせいだと叫んでよ!アズが私のことを責めて、此処から追い出してくれれば!それだけを期待して来たっていうのに!」

本音だった。

奈月が今まで気がついていなかったというだけで、気がつきたくなかったというだけで。

心のそこで思い、願って、そして、逃げ出していた。

「・・・期待?」

揺り椅子が一層揺れた。アズがスッと立ち上がる。

「期待なんて、するだけ無駄よ」

そう言いながらズカズカと奈月に向かって歩いてくる。

・・・瞼を開けずに、まっすぐと。

やがて奈月と対峙すると目を見開いた。

義眼が奈月をまるで見えてるかのように捉える。

奈月は思わずはっとなった。よく見ないとわからないが、失明以前は両眼黒目だったのに今は暗くも深い赤と青のオッドアイになっている。

そして尚もアズは淡々と

「誰も最初から奈月ちゃんを許してたなんて言ってないよ。人間そんな優しく造られてないの。だから日々こうして惨い事件とか起こってるでしょ?私も同じ。奈月ちゃんを最初っから許せるほど上手く出来てないから。ごめんね。悪かったと思ってるよ。会えなくなって、それが奈月ちゃんを逃げさせる道へ追い込んでいたのなら。

でも会えた。今、会えたから」

アズが手を空中に漂わせる。奈月の腕にそれがあたると、目印のようにそこに腕を回して抱きしめた。

「わかったの。逃げても恨んでも、それだけじゃ何にもならないの。お互い前を向いて生きていかなきゃ。だからね・・・」

ぎゅっと抱きしめる力が強くなる。

「もう逃げないで」

・・・既に逃げてた。

そう、奈月は逃げてた。アズと奈月の事件を忘却しようとし、それを思い出すことを拒み、仕舞いにはアズに遠ざけてもらうことを望んだ。

許さなくてもいい。許せるはずがないんだから。だから、

そのぶん、突き放して欲しかったんだ。

「誰かが言ってた。ちゃんとしてれば何時かなんとかなるって」

アズは離れると机のほうに向かった。

奈月は脱力してその場に崩れる。

その奈月に向かってクッションが一つ飛んできた。

「?!」

「ごめん。椅子って一つしかないから。とりあえずそこに座って」

奈月はクッションを抱いて床に座る。

「と、いうわけで」

切り替えるようにアズは一声あげて、奈月の隣にクッションを敷いて座った。

「・・・まあ、誰かが言ったんだよね。一方が一方にせまったって無駄。一方が押せば一方は引くでしょう?それと同じ。意味わかるかな?難しいよね。意味不明だね。まあ、いいや。ここはどうでも。というわけでさ、私は奈月ちゃんに会いに行かなかった。いや、会いたかったよ?会いたかったけど会わないほうがよかったんだから。きっと奈月ちゃんなら来てくれると思ってたし。ね、これでお互いめでたしめでたし」

「・・・ちょっと、ちょっとまって?」

これは流石に黙っていられない気がする。ひっそり挙手してみる。

「はい。左藤奈月さん、発言を許可いたしますー」

なんだ、そのノリは。

「・・・いや、めでたしでいいの?本当に?」

と、いいつつも気持ちが軽くなっているのを感じる。

「うん!いいよお。私は全然オッケー。まあ、あとは奈月ちゃんの気持ちしだいだよね。がんばー」

えええ・・・ありですか。今まで散々悩んできたのが馬鹿みたいじゃん。

「じゃ、続けるよ」

とりあえず頷く。

「ところが、此処で問題が生じます。奈月ちゃんはきっと気がつかないでしょう。けれど、私は知ってるのです、まだ奈月ちゃんの重荷は落としきれていないと」

ふうっとわざとらしいため息をつくアズ。それって・・・

「どういうこと?」

ほらねと呟くアズ。

「だからさ、まだ問題が残ってるってことだよ。・・・まあもう少し様子みとくのがいいかもね。どうでもいいか、そんなこと。ええっと、つまるところさ、ふうー」

数秒の空白と数秒後の衝撃。

「残念、もう天使見れないんだね」



ふふ

全くつまらない。

案外早く終わりそう。ふふ、

早く炙りだしたい。見つけ次第抹殺して

あげるんだから。誰にも邪魔

されない。誰にも

誰にも。



「え、今何て?」

「だから、残念だねってお話だよ」

今、アズは何て口走った。天使と言った。

「何で見えないって・・・知ってるの?」

アズは嬉しそうに微笑んだ。

「ひさしぶりに天使のお話しよう!奈月ちゃん!」

奈月の話を完璧スルーしたアズはそういうと否応なしに話を始める。

むかーし、むかし、あるところに子供が二人いました。

二人は仲良しなお友達。二人は天使の見えるお友達。

一方の子には天使のお友達もいました。

そう、二人は特別。

特別ゆえに、天使の偉い奴らは考えるのです。

そして一方の子と仲のいい天使に偉い天使は忠告する。

君はあの人の子供から離れなさい。

あの子をこれ以上こっちに詳しくさせるな。

放置しておけば、そのうち見えなくなるのだから。

けれど仲のいい天使は迷った。

・・・だって彼女は友達だったから。

しかし何時までたっても別れようとしない天使をみて

・・・偉い天使はとうとう怒った。

偉い天使は二人を殺そうとした。

けれど彼女たちは助かった。でもよかった。

片方はもう見えなくなり、もう片方は目をも失ったから。

しかし、ひとつだけ問題が残った。

あの少女と仲のいい天使の行方不明。

天使たちは血眼になって探したが結局見つからず。

天使たちは諦めた。

けれど本当は例の行方不明天使は隠れていた。物に憑いて。

・・・サボテンに憑いて。

時が来たら何時かまたあの子に会いに行こうとしていた。

そんな行方不明天使も知らないことがひとつあった。

あの少女らをしとめようとしていた偉い天使は諦めずに今も探し回っていたことを。

そんなことも知らずに天使はまたのこのこと会いに行こうとする。

が、案の定見つかってしまう。

あわててサボテンに引き返す天使。

けれどもう、時すでに遅し。

サボテンという住処もバレてしまったのだから。

あわてて天使は住処ごと引っ越す。

そして、ついでに友達に会いにくるの。

唖然とした。

奈月は眼をまんまるにして楽しそうに語るアズを凝視した。

「さ。続きはまだこれから。けれど、始まってもない物語は語れない」

少し悲しげな表情を見せる。

「残念だけど、今のところはこれまで。けれど今日は此処に泊まっていくでしょう?ふふ、私と一緒に寝よーよ!楽しみぃ。お泊り会ってしたことないの!私!」

またパアッと顔を輝かせるアズ。お泊り会?ちょ、ということは今日此処に泊まっていくってこと?

そんなこと聞いてない・・・よ。・・・って、落ち着いてる場合じゃ

「ねッ、ええええええええええっ?!」



二分前、リビングにて。

「よく一人で行かせたね。上手くいくかな」

二階から戻ってきた辰巳に日野は笑いながら話しかけた。

それに対し辰巳は鼻で笑う。

「世の中、最終的にはなるようになるさ。あんな問題、二人居れば十分解決できるだろ」

「あんな問題ねえ」

日野は尚も人懐っこい笑みを浮かべて辰巳を見る。気味が悪くなった辰巳はちょっと仰け反って

「何?」

「え?いや。別に?今日って泊まってくんだよね?夕飯何がいい?」

辰巳はそこで一瞬ぽかんとする。鳩が豆鉄砲を食らったときのような顔。

「は?泊まり?」

日野が今度は困惑した表情を見せる。

「何。電話先で泊まるからって言ったじゃないか。・・・あれ?」

辰巳の脳内では物事の整理ができなくなっていた。

数秒後、

「は・・・、はあああああああっ?!」

と、同時にちょうど上の階では奈月が同じ理由で一人叫んでいた。

そんなことを日野が知るわけもなく、ただ慌てて辰巳に静止をかける。

「ちょ・・・上は話し合いしてるんじゃないの?」

「え?あ、いや、うん。そうだけどね?あれ、いつ言ったっけえ?」

日野はあまりの出来事に頭を抱えた。

「何?昨日だろ。電話してきたの。覚えてないの?」

「全く・・・ん?」

確かに昨日、明日行くという連絡をした、けれど、てっきり日帰りだとばかり思っていた。が、結局話の成り行きで泊まりになったような気もしなくもない気が──。

「最近どうも記憶が曖昧だ」

実は電車を降りてお土産を買ってなどという漠然としたことは覚えているのだがそのほかは全く思い出せない。

「・・・大丈夫なのか、それ?」

日野が実に不安そうに辰巳を見た。

──大丈夫・・・じゃないかもな。



結局、奈月にとって急遽泊まることになったのだが、日野さん手作り夕飯『冷やし中華』はそんなこと忘れるくらいとっても美味しかった。

辰巳のほうは終始黙っていたが、日野さんがあれやこれやと料理を出したり、話のネタを提供してくれたりしたので何とも思わなかった。

アズのおばあさん、柊さんはとってもいい人。昔のことはもう忘れたわとか言ってた。奈月は思わず泣いてしまった。

アズと奈月は今までの空白はまるでなかったかのような、仲のいい親友のありふれた雑談を深夜まで続けた。

そして二人はやっと眠りにつく。

そして今まで寝ていた辰巳が自室にて眼を覚ます。

・・・背中が焼けるように熱かったからだ。

背中を撫でてみてもこれといった異常を感じられない。

鏡の前に立って、肌着を脱いで自分の背中を見て息を呑んだ。

ギィ、ギィ、ギィギィ、ギィ・・・

どれだけ寝たのか、聞こえてくる足音で奈月は目を覚ました。

ギィ、ギィギィ、ギィギィ・・・

どんどん近づいてくる。嫌な予感を覚えて布団を頭から被る奈月。

ギイギィイギギィギ・・・ギッ

止まった。部屋の目の前で。きっと扉をはさんだ向こうにいる。

奈月は知らないうちにびっしょり汗にぬれていた。

キィ。

そして扉が開く。

パサ。

布団が剥がされる。

目の前にいたのは──辰巳だった。

「天使がいたんだ・・・。ちょっと来て。アズに知られる前に」

そういう辰巳はどことなく疲れた表情をしていた。

奈月は眠気眼で布団からでた。

──アズは隣でぐっすり寝ていた。

廊下へ出る二人。熱帯夜と呼ばれるだけあってとても蒸し暑い。クーラーのきいている部屋へ帰りたい・・・なんてことは言えなかった。

天使がまたアズの近くにいる。アズをまた殺しにきたのだろうか。

それとも前の仲のよかった天使なのだろうか。

暗い廊下を辰巳の後ろに続いて歩く。どうも暗闇はどうも慣れない。

やがて辰巳は階段をあがる。

「ちょっと、どこに行くの?」

声を潜めて質問してみる。辰巳も声を小さくして

「屋上。屋上にいたんだ」

「え、何で屋上にアンタがいたの?」

「何でって・・・暑いだろ。眠れなかったんだよ」

そう言っているうちに冷たい風が通り抜ける。屋上に出た。

星もないのにすごく明るい。田舎とは大違いだ。やっぱり都会だ、と改めて感じた奈月だった。

と、そんな感傷に浸ってる場合じゃなくて、

「天使って、どこ?・・・あ」

どこといわれても自分には見えないんだった・・・と同時に奈月は大きな問題につきあたった。

何で辰巳が天使を・・・見つけたの?

ドッ。

隣で倒れた。見ると辰巳がうつぶせで倒れている。

「え?!ちょ、どうしたの?!ねえ!」

慌てて助けを呼ぼうととりあえず叫ぼうとするが口をふさがれた。

「むぐ?!」

辰巳が手を奈月の口にあてて叫ぶのをやめさせているとわかるのに数秒かかった。奈月はあわてて飛び退くとまた辰巳の近くにやってきて、様子を伺った。

「大丈夫?ねえ、大丈夫なの?」

辰巳は此方を見て

「大丈夫。ちょっと貧血」

まるで大丈夫じゃない。

奈月はとにかく辰巳を自室に返すのが一番だと考えた。

「もう、天使とか言ってる前に部屋に帰ろうよ。心臓に悪いんですけど」

「・・・ごめ。手かして」

ため息混じりに手を貸そうとする。あと少しという手の距離で奈月は気がついた。辰巳の右手が何か光るものを隠し持っているのに。

光る、銀白の・・・ナイフ。

「おまっ!何もってんの?!」

叫び、身を翻して逃げようとする奈月の腕を捕まえる辰巳。

手繰り寄せて、あっという間に奈月の首筋にナイフをあてる。

「・・・なにこれ」

冷静を保ってるように見せたくて、奈月は淡々と言った。

辰巳はまるで辰巳ではないような笑みを見せる。

「脅迫。悪く思わないでね、奈月」

脅迫って・・・

「何。誰に?」

んーっと・・・。悩むしぐさをしてみせる辰巳が次に口を開くと、

「エダニ、これ以上人を傷つけたくないよねえ?」

つづく

ツヅク

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