クレイジーサボテン・・・四話・・・

 

「アズにはどうやら天使が見えるみたいなの」

アズが泣いた。

叫んで、怒った。何故そんなことを言ってしまったのだと。怒った。

「アッ、アズ達は部屋でっ・・・あっ遊んでくるかっらああああ!」

手を捕まれ部屋を一緒に飛び出た。二階の部屋に飛び込んで鍵を閉めた。

涙その他諸々が流れてたアズはとうとう本格的に泣き出した。ただ、それを、そのときの幼い奈月はワケもわからずぼおっとして見ていただけだった。しばらくして、それでもまだ半泣きだったアズは口を開いた。

「て・・・天使が見えるの。嘘じゃないの。でも、でも皆おかしな子だねって笑ったり気持ち悪がったり、それで友達ができなかったの。だからもう言わないって、言わないって決めたのに・・・そう決めたのに・・・決めたのに!でも、でもでもでも!嘘じゃないの」

よくわからないその存在を一生懸命肯定させようとしているアズを見て奈月は静かに言った。

「それは天使じゃないよ」

一瞬でアズの顔から血の気が引いた。ああ駄目だったんだと目が言っていた。絶望にのみこまれた人が最後の悲鳴をあげた。

「絶対違う!それは絶対に天使なん・・・っ」

「違うよ」

奈月はお構いなしに続ける。

「それは天使なんかじゃない。天使は神様の使いだよ。そんなやつが街中でウロウロしてたりするの?そんなやつが外で寝泊りしてるの?

そんなやつが・・・アズの傍にずうっといるの?」

「え?・・・何、言ってるの。何、見える・・・の?」

「?」

首を傾げた奈月のトドメの一言。

「見えるも何も、最初からそこに居たじゃない」

最初から見えていた。公園で会ったその日から。アズに会うたんびに何時も右隣に居た黒髪、青い瞳、純白の羽を持った天使のような生物。


+

天使とは、簡潔に言えば人が背中から鳥の羽を生やした神の使いだ。

では、逆はどうだろうかと考える。

人が背中から鳥の羽を生やせば誰でも天使なのかと。

そうじゃないと奈月は思うのだ。

だから泣き何でそんなこと言ったのと怒りながら、ソレ=天使にしているアズを不思議に思ったのだ。

つまるところ、奈月も生まれつき見えたのだ、天使のような生物が。

生まれたときから見えた天使モドキはそこらじゅうに居たのだ。野良猫よりも見る頻度の多かった奈月は親や周囲に言う前に興味が薄れてしまった。故に誰にも今まで天使モドキの話をしなかった。

しかし数年前、論理的思考をもちはじめたころようやく理解したのだ。

ソレは自分にしか見えないのだと。

だからアズのような目に奈月はあったことがない。それはまあ言ってみれば奇跡のようなものだ。一歩間違えれば奈月も奇異の眼差しで見られていたに違いないのだから。



アズと奈月はお互い、天使モドキが見える。可笑しな存在だったのだ。

互いの秘密を知った二人は親友になった。

ただ、それが嬉しかったのは二人だけで、他のソレは好まなかった。

二人を引き裂く必要があった。


+

それから半年経ったある日。アズのお母さんには目もくれず家で大富豪をしていた時だった。

突然窓の外が光った。雷がすぐそばで落ちた。

・・・停電した。

奈月がぎゃっと叫んだがアズが静止にかかる。こういう場面ではアズのほうが頼りになるもので、暗闇の中手を握ってくれた。

奈月は安堵のため息。しかし奈月は気がついていなかった。アズの暖かい生きている心地の手を触るのはこれが最後になるということを。

しばらく息を潜めている間、突然普段からアズに付き添っている天使が叫びだした。

「逃げてえ!」

今まで天使モドキの声を聞いたことのなかった奈月は突然ということもあって飛び上がった。澄んだ綺麗な声だったがおぞましい恐怖を感じた。本当に、本能で、そう感じた。

必ず右隣に居たはずのソレの声はどんどん暗闇に吸い込まれていき、

そして、消えた。

お互いに異常事態なんだということを察した。暗闇の中で壁伝いに家から出ようと言った。手をつなぎながら、空いている手でしっかりと壁をつたう。階段は一層神経を研ぎ澄まして、ゆっくり、ゆっくり降りた。

が、次の瞬間、何処からかものすごい突風が後ろから吹きつけてきた。



もうその次は感覚しか生きてなかった。思考とかそういうのは無かった。


浮遊感と浮遊感。後に落下、落下、落下落下落下。

悲鳴と、手と手が曲がる、離れる、床と衝撃、骨が軋む。

上から振る人、アズ、重い音、鈍い音、響く、響いて、

窓、割れる。硝子、降る。階段、歪み、透明なナイフの雨、雨雨。


ようやく思考が働く。

地獄絵図。待って、動けない。待って、アズが、待って待って待って!


血が舞った。


その後、両者共に地獄だった。

アズは一生、暖かな太陽の光を見ることができなくなった・・・失明。

奈月は目立たない傷を負って、心の大きなカケラを失った。

アズは引っ越した。遠い遠い、都会へ。

一方、奈月は罵声を浴びた。アズの親類から、両親から、やり場のない怒りをぶつけられた。泣けなかった。奈月は奈月を殺すだけだった。

殺していく中でふと考えるのだ。もうアズは私とは会ってくれない。もう友達なんて、親友なんて呼んでくれない。嗚呼、何で友達になったのだろう。なんで天使モドキの話なんてしたんだろう。あの時ああしていれば、嗚呼、あの時、あの時、あの時・・・!

結論。


なんて奇異でふざけたものを、どうして、私に与えたんだよ、畜生。


+

それ以来か、奈月は、天使モドキを認識できなくなった。

何処へ行っても、ソレの姿が綺麗サッパリ消えていた。跡形もなく。

奈月は逆に無性に腹が立ってきた。

これじゃあまるで、最初から私一人が狂っていたかのようではないか、と感じた。その狂いにアズを巻き込んだのだと理解した。そして思った。

もう、私の狂いに人を巻き込んだりしたくないの、嫌だ、友達なんて、

いらない。


「あああああ・・・・ああ・・・あ・・・、何てことを」

ようやく我に返った。ばっと起き上がるとそこは自分の家のリビングのソファの上で、目の前には辰巳が呑気にお茶をすすって言った。

「ああ、こんにちは」

「・・・おはようございます」

しばらく思考回路がシャットダウンする。

「いや、何処がおはよう?!」

「はい、ナイス、ノリツッコミ」

辰巳は尚ものほほんとする。いや、汚いとはいえ一応女子の家である。

改めて思い出してみる。玄関から勝手に引きずられて今に至るようだ。

「いや、まさかね、気絶までするとは、予想外なわけで・・・」

辰巳が何か察知したのか言い訳のようなものを並べてくる。

「うー・・・早速、トラウマのようなものに触れてしまったかなあって」

「・・・ごめん」口をついてでた言葉。わざわざ自分を運んでくれたのだから謝って当然なのだが、自分自身びっくりした。

そして全てを思い出したから、中野辰巳のことも同時に理解した。

辰巳はアズの兄なのだ。

辰巳は奈月の目を見ながら言った。

「昔、俺はお前に酷いことを・・・」

「天使って嘘の共感で狂わせた!アズに目を返せ・・・だったかな」

覚えてた。思わず苦笑してみせる辰巳は顔をしかめた。

「だから、謝ろうと思って。天使は本当に居たし、俺凹んだし、それに、

その天使、失踪したサボテンと同一人物らしいし」

「え?」

奈月にとっては全くの初耳だった。英語教師モドキの言葉を思い出す。

『辰巳も私もサボテン君が欲しくて欲しくてたまわらないってワケか』

脳裏によぎる、嫌な予感。

「・・・アズに会いに行きたいと、言ったら怒る?」

何かまた大きな事件が起こりそうだと奈月は感じた。サボテンと天使、アズと辰巳、放置していた過去の錆付いた歯車がまた動く音がした。

・・・そんな歯車に油をさす奴が約一名。


「あのね、今日、俺が此処に来た理由わかる?それを言いに来たんだよ」

ツヅク

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