「あじぃぃー」 しばらく面倒で洗っていなかった洗濯物を一気に洗って干し終わった、夏休み第一日目。 運動音痴で体力人並み以下の奈月はソファにふんぞり返って団扇で風を起こしていた。 「全く、こっちはクーラーも使わず、エコ生活してやってるっていうのに、誰?!温暖化に拍車かけてる奴!」 (本当はクーラーのリモコンが見当たらないだけなんだけど) 文句を言いながら昨日のことを冷静になって考えてみる。 よくよく考えてみれば、サボテンなんてそこらへんの店で売ってるわけで、一つ無くなったからといって狂い叫ぶ必要なんて全く無い。 要するに、夢でサボテンからお告げがこようが、辰巳から変な質問をかまされようが、英語の教師に天使の話をされようが全く関係ないってことだということだ。 突然ポケットにつっこんでいた携帯電話が鳴り出した。画面には「ヒツウチ」という文字が浮かぶ。誰だろう。 間違い電話か、イタズラか、どちらにしても少々君の悪い電話だ。けれど、間違い電話ならまたかかってきてしまう。 しょうがないから、電話にでてみる。 「はい・・・」 ちょっと声も強張ってしまう。 『えっとー・・・、左藤?』 オーケーイ。電話切ろうか。 ・・・残念。非常に残念だと、なつきは思った。電話の主は、 中野辰巳、あの奇怪な男子生徒。 『あれ?もしもしー・・・』 返事がないのに焦ったのか、電話先でブツブツと声が聞こえる。 しょうがなく、声を出した。 「何、誰」 最後の希望を持って、お願い、違う人であれよ。 『あ、えっと、中野だけど?』 嗚呼、神よ、なんて無常なことよ。 「何で、アンタが私の電話番号しってるわけ?」 『ご挨拶だなあ・・・。そんなのね、誰かに聞けば入手できるでしょ、同じクラスなのに』 オーケーイ。電話番号流出したやつ、今度あったらなんかする。 なつきがまた黙り込むのと反対に辰巳が喋りだした。 『あ、何時も公園通って家に帰るとき向かって右、左、どっちに進んでる?』 「は?」 何聞いてるんだコイツは。 『いいから!!』 電話先であまりにも大声をだすので、反射的に答えた。 「右・・・」 すると、辰巳の嬉しそうな声。 『わかった。走るわ。じゃあな』 「・・・は?」 切る前に呼び止めようとしたが見事に切れた。 今のって、何。電話・・・右左?走る・・・走ってどうするの? 携帯電話を耳に当てたまま、数十秒。 ピンポーン♪ 本当に、本当に、今さっきまであんなに暑かったのに、一瞬で冷えた。 ピンポーン♪ おそるおそる玄関に行ってみる。鍵をちゃんと閉めていた過去の自分にものすごく感謝した。扉ごしに外を覗いてみると中野辰巳が立っていた。 「一瞬でも宅配だと期待した私が馬鹿だったわ」 呟くと、扉を背にぐったりとうなだれる。 カラララ── 聞きなれた音が隣の部屋から聞える。変な汗がどっとでてきた途端、 「こんにちはー」 流石に窓の鍵は閉めていなかった。いや、閉めたら風通らないし。 そうっと隣の部屋の扉をあけてみると 「あ、やっぱ居たね」 辰巳が部屋の窓越しに立っていた。それも網戸なしの窓全開で。 ──なんか、どっと疲れた感じがする・・・。 「何で、家知ってんの?」 「友達に聞いたら此処だって言うからさ」 辰巳がニッコリ笑う。 「それより、サボテンって本当に持ってる?」 またサボテン! 奈月は窓をぴしゃりと閉めた。いや網戸だけど。 「悪いけど、今無いの。失踪しちゃったの、わかる?居なくなったの!」 もう今にヒステリックを起こしそうな気分になる。 「あー、そっか」 ・・・間抜けな返事が返ってきて、思わず面食らってしまった。 「え・・・それだけ?」 「え?あぁ」 静かな沈黙、奈月の内心、叫びの嵐。 (何!?何でわざわざ家?サボテンの用事ならケータイ使えっての!) その他諸々考えていると、はっとするように辰巳が口を開いた。 「天使だ」 「え?」 今度は天使。心底ウンザリする奈月。 「連れてかれたんだ。きっとそうだ」 「ちょっと、ちょっと待って、」 つーか、冷静になれという言葉を遮って辰巳が叫ぶ。 「クソ!先越されたんだ!」 「嗚呼!もう、ウルサイ!近所迷惑! 昨日似たようなこと言ってた人がいたよ、ああ、もうウルサイ」 ぶつぶつと呟く奈月に辰巳は意味がわからないというような視線をむける。奈月の家はボロアパートだ。話が反れるが、九官鳥の声ってすごく甲高い。壁の薄いアパートでは隣サンに大迷惑をかける。それでよく怒られる。向こうも犬を内緒で飼っているので大事にはしないのだが。 「とりあえず、そこに立たれると風入ってこない。玄関に来て」 適当に理由をつけて玄関に立たせる。 それから簡潔に昨日の出来事を全て話した。辰巳は黙って最後まで聞く。 個人的な感想を多少入れたので少し疲れた。 「じゃあサボテンが先を見越して自分で動いたんだ」 辰巳が頷きながら述べる。いや、でもそれって随分可笑しい気が・・・、 思ったことをそのまま言うと辰巳は 「移動なら問題ないさ。サボテンから別のモノに憑けばいいわけだろ、例えば鳥とか」 「ちょ、ちょっとまって。つーか、本当に天使なんか信じてるの?」 つい本音が出てしまう。昨日のことといい今日のことといい、あまり信じられるものではない。それを易々と信じてしまう辰巳はどうかと思う。 「信じてないの?」 「当たり前でしょ」 「即答!まあ、俺が信じるなって言ったようなもんだけどさ・・・」 「は?」 そんなこと一言も言ってないでしょ、という前に辰巳に遮られる。 「俺のこと、覚えてない?」 ますますわからなくなる。覚えてるも何も、面白くて優しいので評判のクラス一、人気者。別の言い方をすれば日常を壊した一人。 「同じクラスでしょ。何言っ──」 「違くて」 「何で?ただのクラスメイト。それだけ」 「しつこいな、違う。もっと前のことだよ」 突然、頭の奥底で何かが破裂しそうな、そんな感覚に襲われた。 右脇腹が痛みだす。左耳に甲高い悲鳴のような耳鳴り。痛さに耐えられなくなって左耳と右脇腹を抱えながらしゃがみこむ。 刹那、何かが破裂した。 ──天使も辰巳も、何もかも知ってた。覚えてた、忘れてなかった。 痛くてしょうがなかった奈月は泣く子供のそれだった。 次の瞬間、奈月の両肩を強く掴まれた。 「奈月!」 辰巳は叫ぶと、奈月の右耳に軽く手を添えた。 「アズのところに行こう、一緒に」 耳鳴りと腹痛がピタリと止まった。徐々に自我を取り戻しつつ奈月は辰巳のほうに目をやった。 今まで隠していた記憶が溢れ出してきた。 自分は自分に嘘をついてきたのだと、悟った。 そして、一部始終を見ていた第三者はまた別のことを悟っていた。 ★ アズと友達になって何時の日だったかアズの家へ招待されたことがあった。アズの家はとても豪華で広かった。いかにもお金持ちです、と言ってるような感じで、とっても羨ましかった。 玄関でアズのお兄さんみたいな人を見た。階段を上がっていく途中のようで、こちらを振り返って軽い会釈。その瞬間アズママ(そう呼んでほしいらしい)が現れた(結局、アズのお兄さんには挨拶し損ねた)。 アズのお母さんは本当に嬉しそうで 「いらっしゃい。待ってたのよ。クッキー焼いてみたんだけど食べる?」 早速その言葉に甘えて、三人でクッキーを食べているとアズママが 「何でアズと友達になったのかしら?」 「えっ?うーん」 気がつけば友達だったわけで・・・、 「気がついたら仲良しでした」 素直に答えてみる。 「じゃあ、あの話は聞いたかしら?」 え、何の話ですか?という前にアズが 「ママ」 何故かそわそわし始めたアズがアズママを呼ぶ。アズママは笑って 「あら、いいじゃない、別に。仲良しなんでしょう?」 アズママはニッコリ笑うとこちらに目をむけた。 「アズにはね、どうやら天使が見えるみたいなの」 ツヅクヨ |