立ち尽くして多分一分。今日は本当にどうかしてる。
さぼてんに足をつけた未確認生物の夢を見て、 机にあるはずのサボテンが鉢から消えていて、 普段0秒に久しく関わり合いのないやつから理解不明なことを聞かれて、 全くどうかしてる。 ──でも大丈夫だよ。 頭の中でもう一人の奈月が話しかけてくる。 ──これ以上変なことが起こるわけないじゃん。 うんうん、と何度もうなづきながら鞄を肩にかける。 そうだ、帰ったらご飯食べて寝よう。何とかなるよ、それできっと・・・ きっと・・・? 奈月が自分自身に言い聞かせて教室を出ようとしたとき、目の前に女の人が現れた。 きっと・・・、の続きが出てこないのは、多分今日の奈月の勘がいやにさえているから。 「全く先走ってくれちゃうわよね」 自然な茶色の長髪を後ろでひとつ結びにしている。真っ白なYシャツを着て下は黒のスーツ。 そしてエメラルド色の瞳。外国人働く女性な感じ。 奈月はこの人を知っている気がした。 女が口を開く。 「ああ、ちょっとお話していかない?」 「は・・・はぁ」 あいまいにも了解してしまった自分を奈月は酷く後悔した。でもわかったことが一つ。 今日は本当にどうかしているから、飛べといわれたら空も飛べる気がする。 結局席に戻る羽目になり、隣に女が座る。 「あの、どこかであったことありますか?」 とりあえず聞いておこうと思った。胸の辺りのモヤモヤが晴れなくてウワアアってなるから(わかるかな)。 女はニッコリ笑って、 「さあ?」 というだけだった。 え、ちょっと、それだけですか? 「それより、今日、中野辰巳君から、変なこと聞かれなかった? 話題まで変えられてしまった。ただ、それなら答えられる。 「いっぱい聞かれましたよ」 実際二つだけど。 女は渋々頷いた。 「そっか。辰巳も私も、サボテン君が欲しくて欲しくてたまらないってわけか」 「は?」 軽くまとめてましたけど随分飛躍していませんか? 奈月の反応を見て女は笑みを浮かべた。 「あなたのサボテン君にはね、未確認生物が取り憑いているの、おめでとう」 しばらくの沈黙。 続いてこみ上げてくる怒り。 ・・・何が・・・何が、おめでとうだって?! 女はなお口を吊り上げて、言う。 「おおっと、怒らないで。本当のことなんだから。あなただって、最近変なこと、サボテンに関することで、何かなかったのかな」 はたと気がつく。 もしかして、夢で見た、足の生えたサボテンのこと? 脳内に今日、夢で見た足つきサボテンが浮かぶ。何時見ても気持ちのいいものではない。 「おえっ!」 そう言ったのは女で、さっきまでの笑みは、歪んで崩れた。 「違います。断じて。足の生えたサボテンなんて吐き気がする・・・」 奈月は思わず目を見開いた。心が読まれてる? 「さあ?」 女はまた肩をすくめて見せる。 ああ、混乱してきた。 ──わかった、信じるか、信じないかはあとで考えればいいんだよ。 とりあえず・・・、 「続きを聞かせてください」 女はまたにやりと笑って、 「それでいいの」 話を始めた。 「未確認生物っていうのはね、なんで未確認生物かって言うと、それが人に存在していると認められていないから。 人全員が全員見えるわけじゃないから。それで、その未確認生物があなたのサボテンに憑いてるのね。 あ、質問は全部あとね、ツッコミもいらないから。とりあえず最後まで聞いててね。 で、その憑いてる未確認生物を私はどうしても殺さなきゃいけないの」 「え、ちょっと、未確認生物って何ですか。猛毒を持った小さい虫とか、そういうこと?」 相手の諸注意を無視した奈月を女は睨んだが、ため息をついて渋々答えた。 「害虫とか、そういうのと一緒にしてはいけないわね。それは未確認生物に対しての愚弄だわ。そうね、まあ外見は人そっくり。ただし、一つだけ違って、背中から羽が生えてくるのね。 子供とかはよく見ちゃうみたいだけど、あなた見たことある?」 「それって、天使じゃないですか?・・・信じられない」 奈月は女の質問を質問で返した。女はさほど気にした様子もなく、 「見た目は天使そのものだけど、別に神の使いとかじゃないから」 女は話を続けますよ、といってまた話し始めた。 「話を戻して、私、ぶっちゃけたところ人間大嫌いなのね。だから、人間と協力してそのサボテンをあなたから譲り受けるのなんて回りくどいことするのは 論外なわけ。だからこうして今日あなたに直接会いにきたの」 ようやく喋り終わったようでふぅっとため息をつく。 奈月はぼーっとして今の話について考えていると、 「今の聞いて笑わないんだね。いい子」 と、言われた。なんだそれ・・・。 「ハイ、じゃあ質問ありませんか?」 女は教師みたいに声を張り上げた。奈月はそこでふとした疑問が浮かぶ。 「あの、あなたはどうしてそんなに未確認生物について詳しいんですか?」 「いい質問だね」 女はすこしためてから、 「私もソレだからだよ」 沈黙。どう反応すればいいかわからない奈月に向かって、女は補足する。 「ああ、身体は人間だけどね。今はこの人に憑いてるってわけ」 なるほどと妙に納得する奈月(後に疑問に思うのだが)。 「ハイ、質問タイム終わり。サボテン、くれるよね?」 ああ、忘れてたと奈月はあることを思い出す。 「サボテン、朝いなくなっちゃったんだけど」 「は?」 女は素っ頓狂な声を上げた。 そ、朝起きたらサボテンは綺麗さっぱりいなくなっていたのだ。 それは完璧に未確認生物とやらが持っていったんだ。今日という日なら何でも起こる気がするから、サボテンが歩いても別に・・・、 「クソ、勘付かれた!!」 その後も何度か悪態をついて、ばっと席を立ち上がった。カツカツとヒールを鳴らせて勝手に教室を出て行こうとする。 奈月にもさすがに限界というものがあって、あの身勝手さにはいい加減腹が立っていた。勢いあまって叫んだ。 「何だよソレ!!」 突然の大声に驚いたのかぎょっとしたような顔でこちらを見た。先ほどの笑みはもうなくて、声音も随分低くなった。 「残念だけど、サボテンを所持していない君にはもう用がない。時間を持て余した、自分が腹立たしいよ。それから、先生にむかって、そういう態度はよくないと思うな」 あ、と思ったときには女は視界から消えていた。女・・・英語教師だ。
どうしようもなくて、奈月は今度こそ家路を辿った。 |