もうすぐ夏休みだね。楽しみにしていたでしょう? でも、そう世の中上手く回ってない。 貴方は今、すごく危ない・・・。 あの夏、貴方の家族は何処にいたのかしら・・・。 ♪ 「嘘」 朝五時。悪夢にうなされて目覚めた左藤奈月は唖然としてしまった。 昨日までそこにいたソレが朝目覚めたら綺麗サッパリいないなんて。 全ての始まりは昨日の夢からだ、と勝手に決めつける。 足の生えたソレがパタパタとやってきて、何か言ってくるのだ。 胃液が逆流するのを感じてベッドから這い出てしまった。 馬鹿馬鹿しいとそれでも嫌な考えをめぐらせて机の上を覗いたらその有様。 ソレ・・・つまりはサボテンが・・・ 鉢の上からキレイに丸ごとスッキリ、バッチリ 消えていたのだ。
「とにかくサボテンが消えちゃったの」 「アリエナーイ」 奈月は九ちゃんに向かって話していた。まあ、名前でわかる人もいるだろうが九ちゃんとは九官鳥の事で、よく奈月と会話をしている。 「本当だってば。九ちゃんは何にも知らない?」 九ちゃんは賢くてよく鳥かごから抜け出す事があった。 奈月はいいように想像力を働かして九ちゃんがもっていると決め付けていた。 「シラナーイ」 まあ、九官鳥がまともに答えるわけでもなく、ため息をつく奈月。 「シッテルー」 九ちゃんが叫んだ。奈月は諦めかけていた瞳を九ちゃんにむけた。 「知ってるの?」 「シラナーイ」 ガンッ! 奈月は九ちゃんの入っている籠を平手打ちした。 手が痛さで痺れる。 「キャッキャッ!」 九ちゃんは嘲笑うように叫ぶ。 この九官鳥は絶対可笑しい。ストレスっていうのを完全に知らない。こいつは地球が滅びても絶対生き延びる。 こいつがいる限り九官鳥は絶対絶滅しないだろう。それが奈月の考えだった。 ♪ 最後に家族全員がそろって何かしたのは何時だろうと考えてみればそれは何年も前の夏休みだった。 家族全員で近くの公園にピクニックをしに行ったと思う。本当に昔の話で自分自身うろ覚えだった。 どこまでも木と草が続く公園で私は遊んでいた。独りでつまらないなあと思いながら花を摘んでいた気がする。 そしたらいつの間にか隣に同じくらいの歳の女の子が立っていて、こちらを見下ろしていた。 「お花いる?」 私の問いかけに女の子は腰をおろして首を振った。 「いらないの?」 女の子は頷いた。 「だって、可愛そう」 それが私と初めて会った彼女の第一声だった。 ・・・これはまだ底に眠る記憶。 ♪ 「おーい、左藤―。終業式に遅刻たぁ、どういうことだあ?」 教室に入ったとたん奈月は担任に目をつけられてしまった。 「すみません。田内先生、家の目覚まし時計が壊れていまして」 奈月が遅刻することはさほど珍しくない。奈月が遅刻したときの言い訳は決まってこれだった。 何時も同じ台詞を吐く奈月を見て数人がクスクス笑った。田内も軽く笑って 「だから何時も時計直せつってんだろう」 これでまた数人笑った。 田内は冗談が通じる数少ない先生だ。まあ、怒る時は怒るしっかりした先生だが。 「まあ、幸いこれから終業式始まるからぎりぎりだな。皆男女一列だ。さっさと並べ」 皆ぞろぞろ教室の外へ出て並びだした。奈月も鞄を置いて外にでた。でた途端 「ホントは何で遅刻したんだ?」 と、中野辰巳に声をかけられた。奈月はサボテンが家出して狂い叫んでいたらこんな時間になちゃって、なんてとても言えないので 「だから時計が狂ってたんだよ」 とだけ答えて女子の列に消えた。 女子の列に並んだところではたと気がついた。 そういえば今日は終業式で、つまりは明日から・・・ 夏休みじゃん。 ♪ 花が可哀想と言われて私は手ににぎってある数本の花を見つめた。 私は花を一つ一つ土に埋め戻した。当たり前だが花はぐったりしていた。 「元気になるかな」 私の問いかけに彼女はただ微妙な笑みを浮かべて 「うん」 と答えた。きっともうぐったりしている茎と花だけの植物は元気にならないと彼女は知っていたのだと今になって思う。 「暇になちゃった」 私はそう答えて立ち上がると彼女はまだぐったりしている花を見ていた。 「可愛そうなことをしなければ楽しめないなんて・・・」 確かそんなふうに言っていたと思う。 「アズー」 遠くで誰かが誰かの名前を呼ぶ声がした。 「あっ・・・・・・」 彼女は声のするほうへ顔を向けた。 「アズー」 もう一度声がする。彼女は私のほうをみて 「いかなきゃ」 と言った。私はただ頷いて彼女が向こうへ走っていくのを見送った。 彼女の名前はアズ。そう、アズって名前だった。
♪ 校長の長い話は右から左・・・以前に入ってこず、ただサボテンで頭がいっぱいだった。その後も宿題が山ほど配布されようが、田内がいくら面白い冗談をかまそうが上の空だった。 ただうっすらしか思い出せなかった夢の内容が何故か今は、はっきりと思い出せるようになった。 たかが脳内映像という信憑性もなにもないものに頼り切るのはいかがなものかと思うが、こうするほかに奈月はしようがなかった。 足の生えたサボテンが言うに何かとんでもない事がおきるらしい(まあ、サボテンが失踪している時点でとんでもないが)。 そのときガタンと大きな音がした。椅子を引きずる音。 いつの間にか全員起立していた。慌てて奈月も身体を起こす。 礼が終るとぞろぞろ教室から出た。 奈月は改めて夏休みになったことを実感する。 一度サボテン思考を止めて鞄に荷物を詰め込んだ。 さあ、帰ろうと振り返ると目の前に辰巳が立っていた。気配も全くなかったので思わずビクリと身体を震わせてしまった。 「何」 鞄を肩にかけながら問う奈月を辰巳は何か言いにくそうに顔をしかめていた。 できればさっさと帰りたい。 だから、もったいぶらないでさっさと言え!奈月が内心叫んだとたんだった。辰巳はぼそっと言った。 「サボテン飼ってる?」 「は?」 ちょ・・・ちょっと待ってよ。今・・・ 「何ていった?」 辰巳はただ「サボテン飼ってるかなあと思って・・・」と言うだけだった。 「サボテンくらいなら持ってるけど・・・それが何?」 冷静を装っていたが頭の中は今朝と同様パニック状態だった。 「いや、別に」 辰巳は何かを確認するように何度か頷くと鞄をしょって教室から出て行ってしまった。 奈月は追いかけることも忘れて教室の中に独りで立っていた。
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