謎3days ---三日死して生き返る---

 

ああ、生きるのを止めてしまえばいいのですね。

しかし、まあ実際の「死」というのは恐れ多いですから、少しの期間だけで結構です。


友達から届いた、なにもかも奇妙なこの手紙は、やっぱり中身も奇妙な書き出しだった。

最初は悪戯で書いたものかと思ったが、どうもしっくり来なかったので、とりあえず手紙を読むことにした。


少しの期間を決めたいと思います。

一日っきりというのは、死んだ気になれませんから。

二日。これも駄目でしょう。一泊二日の旅行だって思い出より疲労です。

三日。まあ、こんなもんでしょうか。十分に満喫できるといいんですが。

四日。流石に私も生きている人間ですから、人肌が恋しかったりします。

五日。飽きますわ。

これを書いて、私の脳内を整頓しました。三日くらいがよろしい。

これは遺書です。友達の貴方へあてました。私は三日死す。

遺書なのに、宛てた貴方に、問うのも可笑しなものですが、

学校は、家庭は、社会は、世界は、人生は、ああ、日常に不満はありませんか?

私はありません。ないのですよ。不満というものがない。

全て切り捨ててしまいました。妥協を続けた結果に訪れたそれです。

学校はつまらない。家庭は夫婦喧嘩が当たり前。社会は荒れ果てた平和。世界に興味無く。日常はそういうもの、と。

それに飽きてしまったのですね。しかし妥協した結果の副産物といえば良いでしょうか、かなりの面倒くさがりやになってしまいました。もう学校で窓ガラスを叩き割ることや、喧嘩の仲裁に入ること、社会平和に身を挺すこと、世界に目を向けること。

日常が、面倒になってしまったのです。

つまり、どうにもこうにも動けなくなってしまいました。

貴方の顔が目に浮かびます。笑えますね。ああだ、こうだ、とアドバイスと罵倒の言葉を頭の中で浮かべては消しているのでしょう。

そういえば、私は高校生でしたね。貴方は何て馬鹿なことを、と思ったかもしれません。否、馬鹿な奴だと、思っていますね。私もそう思います。

けれど、死んでみたいのです。他にどうしようもないのです。

三日死んだ、後に訪れるものは何でしょうか。

あまり、長くなってはいけませんから、そろそろ終わりにします。

では、三日後、生まれ変わっても、貴方と会う羽目になるでしょう。


一枚のレポート用紙に書いてあったこの遺書は、そういう内容だった。

学校から帰ってきた矢先にこれだ。

まったく馬鹿な奴だと思う。飽きたなら新しいことをはじめれば良いのに、腰が上がらないらしい。高校生にもなって本当にフリーダムな奴だ。少しはこっちの身にもなってほしい。

ということだから、今日、何故、奴が休んだのかが解明した。メールを送ったのに返事が来ず、教師はただ頭を抑えて「風邪だ」という。馬鹿は風邪を引くんですか?と言いたかったが、嫌な予感がしたのでそれ以上は聞かなかった。

まさか死んでいたとは、多少驚いたが、やっぱりそれまでだった。

俺は奴と家が近い。教師もそれを知っている。だからって、死人にプリントを届ける必要があるだろうか、この俺が、わざわざ。死人に。

しかしまあ、奴の家まで来てしまったんだから、ここで帰るとそれこそ馬鹿というもので、とりあえず呼び鈴を鳴らした。十回くらい。

まあ、普通十回連続で鳴らしたら俺だって飛び蹴りでドアを開けるんだが、

なんせ、奴の家に親が居ない(そりゃあ仕事あるだろ)。つまり家に居るのは幽霊と奴が飼っているチワワだけだ。幽霊は生きている人間を迎えたりはしない。そんなの当たり前だ。

だから思い切り清清しく十回連続呼び鈴鳴らしをしてやった。

やっぱり反応は無いので、裏に回った。奴の部屋は一階の隅だ。窓にはカーテンが引いてあって、様子が伺えない。ノックしたってでてくるはずがないので、窓に手をかけた。横にスライドさせる。カラカラと乾いた音を立てて窓が開く。

カーテンを少しだけめくって中の様子を伺う、なんて変体チックなことはしない。カーテンにプリントを持った手をつっこんで、適当なところに置いた。さあ、帰ろうと、手を引っ込めようとする。あれ、抜けない。

次にはカーテンがザアッと音を立てて消えた。俺は、

幽霊と目が合った。

幽霊の声も聞こえたもんだから、思わず噴出しそうになったが、あまりにも可哀想なので止めた。だって、「呪うぞ」なんて酷い寝癖のだらしない格好の幽霊に真顔で言われて、何が恐ろしいか。噴出すのが正解だ。

俺は笑いを堪えた顔で声をひっくり返して言った。

「あれえ、お供えをしに来ただけなのに、どうも手が動かねえ」

寝癖爆発幽霊は随分上品に小さく笑った。

「呪ってやる。死人の私に宿題を供えに来た、己を呪ってやるぞ」

勝手にしろってんだよ。内心でそう呟くと、腕が動くようになった。幽霊は俺の目を見ずに、

「さっさと帰れ、墓荒しよ、さもなくば道ずれにしようぞ」

「そりゃあ、たまらんな。俺には学校があるんでな」

とうとう幽霊と会話までしてしまったよ。もうこれ死人か?死人っていうのか?

しかし奴はあまり気にしない様子で、

「生前では私より成績が悪かったものな。頑張りたまえよ、未来ある若者」

いちいちが殴りたくなる言葉遣いだな。

「五月蝿い幽霊もいたものだ。未来ある若者はこれでも学校から推薦を頂けるように必死なんでね」

「今の成績では無理だと思うが」

幽霊は遠目にプリントを透視しながら、フンと鼻を鳴らした。

「悪いが、これでも美術だけは例外なんでね。帰って早速デッサンをやるんだ。暇がないんだよ」

今まで眠気眼だった幽霊が0.5秒程覚醒した様子だった。

「そうか、己は美術が天才的に上手かったな。引き止めてしまって悪かったな。お供えご苦労。帰ってよろしい」

俺はそのまま家へ帰っていった。


次の日、また、俺は例のごとくお化け屋敷に行くハメになった。まったく、あと一日といえばそれまでだが、どうも慣れない。

今日は呼び鈴も鳴らさずに部屋へ直行した。勿論、窓から。

今日はカーテンはたたんであって、窓も開いていた。

幽霊に歓迎されたと一瞬でも誤解すると虫唾が走る。

けれど、どうしてもその部屋の中をまじまじ見てしまうわけだ。あれ、幽霊が居ないと思ったら、窓越しに置いてあるベッドから声が聞こえた。これは流石に驚いた。こんな時間に睡眠とってるんだ。コイツ。

「今日も来たのか、馬鹿者。お供え宿題はあれほど供えるなと言ったのに。今日もその手に抱えているのは宿題か。死ね」

布団の中にくるまっている幽霊はこっちを見ていないようだったから、そんなことを言ったんだろう。

「残念だったな、俺は死なない。何故なら手にしてるのは宿題じゃないお供えだからな。お前の小論文が賞をとったっていうんで、その参加賞と高校生の部・優秀賞及び賞状を持ってきたんだ、お前が死ね」

「残念だったな、私は死んでる身で。そうか、あの小論文ねえ、駄文だったのに、審査員は間抜けだなあ・・・」

全く何様なんだこいつは。

「幽霊様だ。覚えておけ馬鹿者」

ったく、長く友達やってると本当に困る。お互い気持ちがわかるんだからな。30%くらい。俺にはわかる。

「お前は本当は最優秀賞が欲しかったんだろう」

少しの沈黙の後、微かに布団が動いた。

欲しかったと言っているようだった。

「そんなに欲しいなら頑張れよ」

てきとうに言って家へ帰った。

その後に布団から幽霊がでてきて、窓とカーテンを閉めたことは、たまた部屋に入ってきたチワワしか知らない。


さてはて、今日が最後だ。三日目だ。俺は何もかも嬉しかった。いちはやく、

これを終わらせたかった。

しかしまあ、やっぱり変わり者の奴は、俺から見えるように、丸い字で書かれた紙を窓に貼り付けてあった。

『玄関から入れよ、さもなくば呪う』

どんだけ暇なんだ、奴は。阿呆ですか馬鹿ですか。

俺は余分に歩いたことを悔やみつつ玄関に行き、呼び鈴を押そうとした。

その瞬間に、

扉がすごい勢いで開いた。

間一髪で後ろに飛び退いて助かった。紙一重で鼻をぶつける所だった。仮にも人様の家前で鼻血をぶちまけるなんて、俺が三日間引きこもりそうだ。

幸いにも何処も怪我をしなかったので、平静を装って目の前を見た。奴があら、残念と言うような顔をして、こっちを見てた。いくらなんでもぶっ飛ばすぞ。

「まあ、あがりたまえよ」

幽霊がそう促したので、とりあえず、それに従った。

結局、案内されたのは何時もの部屋で、そこらへんに座るように、チワワの相手になるように、ベッドの下は覗かないように、その他諸々なことを言われて幽霊は部屋を出た。数分後、犬のおやつとひとつのコップに入ったお茶を持って帰ってきた。招かれた俺にはおやつはないらしい、とか思ってる俺は図々しいだろうか。

「いやあ、三日間、ご苦労であった。今日は何を持ってきたんだ?」

この話し方にうんざりする。俺は手をヒラヒラさせてみせた。

「今日は何にも無いよ。残念だったな」

「構わん」

そっぽを向く。

「で、どうでした、今までの三日間は」

顔の向きが戻った。目がキラッキラしている。が、どことなく泳いでいる。

「非常に有意義であった。溜めてあった番組や漫画や小説を全て見きったぞ。

あと何時もは録画していた深夜アニメもリアルタイムに見ることができたんだ。あとはだな、そうだ、パソコンに乗り移ってニート達と大富豪をオンラインでやった。私には才能があるみたいだ。生まれ変わった将来も金には困らんだろうな」

あのな、それって幽霊じゃないぞ。もはや引きこもり同然だろう。しかも大富豪って、馬鹿か、それで将来安定するかわかるんだったらもっと平和になるね日本。

「まあ、楽しかったんならいいんじゃないか」

またてきとうに受け流して奴の残り一日の遺品・・・机に目を向けた。

机の上には分厚い本が何冊も積んであって、本の山が二つほどできていた。

その視線に気がついたのか、幽霊は

「人の部屋をジロジロ見回すのはよろしくない」

というので、「そうだな」と素直に同意した。

しばらく沈黙が続いたので、そろそろ帰ろうかなと思った直後、奴が口を開いた。

「生まれ変わって、何も変わらなかったらどうしよう」

そういう奴の顔はひどく何かに怯えているようだった。俺が何かを言いかけようとすると、

「私はこんだけ死んだのに、何も思わないんだ。ただ、こんなもんかなと思って毎日を過ごしている。まるで死んだんじゃないんだ。ただの遊びか。暇つぶしか。楽しかった。確かに普段より格別に楽しかった。

けれど、なんとなく死人をやってわかった、楽しいのは死人じゃない。死人をやって楽しいことなんてない、はずなんだ。わかっちゃったよ。妥協したんだ。死に徹底しなかった。だからこうしてお前と口を利いている。こんなの死人じゃないよ。私の三日間の死亡履歴はなんだったの?

悩んだ末に思いついた名案だったのに。

そう思うと、本当に、どうしようもなくなって、泣きたくなるんだ。私は、本当は、どうすればよかったんだ?教えて、よ」

所々が生前の口調に戻ってるのが何故かとてもショックだった。

それと同時に俺は思わず殴りかけた。本当に、今までに幾度と無く殴りたくなったことがあったが、今回初めて、自分の意思に従って腕を動かした。けれど途中でやめた。

相手は真顔でこちらを見る。

俺は今、言えることだけ言った。

「そもそも、生きてるのに死ぬって発想がいかんせん駄目なんだ。それに、いいか、例え、死人でも過去に戻れない。どうすればよかった、じゃなくてこれからどうするか、だろ。生まれ変われるように努力しろ。そろそろ、その重い腰あげたらどうなんだよ」

残り僅かな期間の幽霊は静かにうな垂れた。

呆れかえって、俺は家に帰った。


夜、宿題に追われながら、ラジオから流れる流行の歌を聴きながら、数式を解く傍らで幽霊について考えていた。

しばらくして、なんとなく明日の様子が予想できたので、数式も解けないことがわかったので、就寝した。


次の日、学校へ足を運んだ。遅刻気味だが、この調子なら間に合うだろう。

そんなことを考えながら登校していると、後ろからすごい勢いで風がつっきっていった。え、とか思ってると目の前にはもうすでに小さく生まれ変わった人間が走っていっていた。

学校に着くと、やはり一足早く到着していた奴が友達に囲まれ具合を尋ねられていた。全く、よくそんな平気な顔して「四十度もあって、死ぬかと思ったわ」なんて言えるよな。四十度無くして死んでいたくせに。しかも手元では携帯電話をいじってる有様だ。

ああ、普段は普通の女子高生が。学校のお前の知り合い友達全員に今までの三日間を見せてやりたい。きっと友達も引いていって消えるだろう。

そう思いながら自席に着くとともに、俺の携帯電話が震えた。

同時にどこかでパタリと携帯を閉じる音がした。

俺は恐る恐る携帯電話を開いて、思わずニヤリと笑って、それから携帯電話を閉じた。


生まれ変われたかどうかは、これからわかるようで、次にとる賞は最優秀賞だそうだ。


正直に言おうか、予想どうりで本当困る。

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